人間の生涯における歯の価値を金額に換算すると、日本では約3,000万円という試算があるらしい。アメリカでは1億円超えらしい。
場合によっては家一軒分とも言えなくもない、そんな貴重な歯。
医療機器系の業界に身をおくまでは、それこそ「仕事の時間を使って歯医者に行くのかよ。ケッ」的な考え方が周囲も自分も強かったのだが、考え方が大きく改まったのには感謝としか言いようがない。
ただ、まさかこの歳で親知らずを抜くとは、と言うのが正直なところだ。根本原因的には、よくある「親知らずの前の歯との接触部が虫歯になっており、親知らずも抜く必要が(もうそろそろ)出てきました」ということのようである。「ようである」と言うのは、セカンドオピニオンを取ってないので、今ひとつ釈然としない、という意味も含む。
いずれにせよ、これまでのナメくさった考え方のツケからは逃れられなかったなと言う感じだけれど、仕方がないので(まだ考えが一部改まっていない)、親知らずプロジェクトを終えるために歯医者に通うことにした。
海外駐在前に4本全てを抜いた嫁さんに「どんな感じ?」と伺ったところ、「気持ち悪い感じだよー。慣れるしかないね」とよく分からない脅かされ・アドバイスを頂戴していたので、捉えどころのない不安感を抱きながら歯医者に向かう。
親知らずの抜歯自体は、思ったよりも痛くもなく終わった。先生によれば、前の歯との接触部がボロボロの状態になっていて、抜こうとすると欠けてしまう点が難儀だったようだ。15分ほどガーゼで抜歯の部分を噛んで圧迫止血してくださいね、との指示を頂きながら帰宅。その時は麻酔による痺れもあり、「親知らずはこんなに簡単に抜けるのか」くらいの感覚しかなかった。
そうこうするうちに麻酔が切れはじめたようで、徐々に痺れの感覚が和らいでくる。麻酔残留のあいだに最後まで残っているのは、抜歯部に近い舌の付け根の部分が、コリコリする感じでしびれる、不思議な感覚。
その次、これは参ったのだが、ガーゼを口から出してもう一度噛もうとしたら気持ち悪さが止まらない(喉の奥に指を入れてオエッとする感じ)。これは困った、と言うことで寝室で休むことに。
今日はお酒も飲めず、まだ麻酔後の変な気持ち悪さもあるのでひたすら安静かな。まあ当然かな、などと考えながら抜歯後1時間くらい経過したところで、少しずつ気持ち悪さが消えてきた。
気を紛らわすために庭に出て雑事をこなしていると口の中の血の感覚も薄れていい。こんな時こそ草むしりと自転車のサビ取りだ。マインドフルネスなのだ。
そうこうするうちに、食事の時間になった。
うーん、口が開けられない。そして、抜いた側で食事を噛めないので、首を反対側に曲げて噛み砕いたものがそちらに行かないようにするなど、細かな苦労が続く。
幸い、ヨメさんが考慮してくれて今日はそうめんにしてくれたのだが、口いっぱい頬張ることができない。つるり、つるり、そろりそろりと口に入れる感じ。非常にゆっくり食べていたら、普段の食事時間で半分くらいの量しか食べていないのにお腹は満たされてくるので不思議である。おかずに塩漬け豚のロースを焼いたものを出してくれたのだが、もうハサミで一口大というよりも子犬のおやつサイズにカットして、ハムハムと食べる。いやあ、こりゃ苦労このうえない。
これまで病院で高齢の方々から「食事を歯で噛んで食べられることは幸せだ」と、何度となく聞いていたが、今日ほどそれを痛感したことはなかった。QOLの根源の一つには、生物としての人間が「自分が、自分で、自分のためにできること」と言うのがあるのだとつくづく痛感した。
幸い今日は波もなし。気持ちがメロウになることはなんとなく想像ついていたので、こんな時こそ雑事と読書!
・・・そして。今更ながら、自分中心の世界は狭いと感じた次第。海外駐在前に全ての親知らずを抜いたヨメさん、、あなたは凄すぎる!