成田の書店で文庫版を見掛け、購入。 先日の金田さんの本に続き、「年齢本」今月2冊目。
40歳という年齢を考える事が多くなったので、良質な疑似体験への期待を込めながら読了。
石田衣良作品は読みやすいですね。。。
7つのほぼ独立した話から構成され最後の章ですべての登場人物が登場して幕を閉じるのですが、物語的には、各省で出てくる登場人物の個性も立っているしそれぞれのサブキャラクターが最終章で一つの大きな本論に纏まってゆくあたりも、構造的に良く書けているなあ、と。
読後感的には、運びのうまさに感心させられる一方で、疑似体験として石田さんが織り込んでいる色々な「40代に対するテーゼ」が大変意味深い一冊でした。 40歳となる大半の方には、良く言えば劇場的、悪く言えばテレビドラマのシリーズ的な構成と設定がもしかするとチープ過ぎて今一つフィットしない内容かもしれませんが。
それら40歳に対する「テーゼ」としての表現を以下に抜粋。
P45 真夜中のセーラー服より抜粋
「四十歳になって、ようやく切なさとともにわかった。世紀の大恋愛より、爛れるような欲望よりも、退屈で平凡な日常は強い。現在進行形の恋などより過去の恋愛の幽霊のほうが、人の生きかたを重く深く縛るのだ。 」
P162 ふたつの恋が終わるときより抜粋
「まだ青春のさなかにある人間はいうかもしれない。夢も希望もない人生なんて生きる意味がない。だか、それが違うのである。ほんとうは自分のものではない夢や希望によって傷つけられている人間がいかに多いことか。本心では望んでいないものが得られない、そんなバカげた理由で不幸になっている者も、この世界には無数にいるのだ。」
「余計な荷物を全部捨ててしまっても、人生には残るものがある。それは気もちよく晴れた空や、吹き寄せる風や、大切な人のひと言といった、ごくあたりまえのかんたんなことばかりだ。そうした『かんたん』を頼りに生きていけば、幸せは誰にでも手の届くところにあるはずだ。」
ひととしての「平凡」って、何なんでしょうね。