鎌倉ライフリッチ研究所 Ver 3.70 | 人生を、豊かに生きよう。

ようこそいらっしゃいました。スローライフの聖地鎌倉へ移住して7年。グローバルビジネスやM&AどっぷりだったR40が一念発起。 ベンチャーでの仕事を通じた日々のビジネス視点だったり、観光に役立つ鎌倉の美味しいグルメ情報やイベント紹介をしてまーす。プロフィールはこちら(http://profile.hatena.ne.jp/hase263lich/)から。

久しぶりに自分のブログを見て思うこと。

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ブログエントリを書く頻度が激減して、かなりの期間が経ったように思う。

実際問題、FacebookやインスタなどのSNSでのもらえる、「いいね」によって得られる承認欲求の充足の方が楽しいし、ダイレクトなレスポンス感もあるので、もうこれからブログというメディアというか、ツールに、改めて目を向けることはないだろうと思ってもいた。

また、そうした自分を中心にした距離感で言うとFBのように「極めて近い」関係性や、インスタのように言葉ではなく画像・映像を媒体としてメッセージを他者に委ねる「ふわりとした」関係性の方が、ブログと言う「一定のテーマ(日記ブログというのも、雑記ブログというのも、それはテーマなのだ)」において発信する、自分から提示する付加価値性のようなものに比べた方が遥かに「気楽(言い換えると、「ブログは面倒だ」)」であることを考えても、メディアのトレンドとしてもブログへの訴求力は大きく落ちちゃったしな、などと、今ひとつ湧いてこない執筆意欲というか創作意欲の言い訳を与えながら日々を過ごしたりもしていた。

そうこうする中で、自分の趣味趣向がガジェットやハック術などへの関心が一気に薄れ(物欲が大きくなくなったからだろうか)、むしろ「いまここを大切にする」というマインドフルネス的な思考に惹かれるようになっていったことは、きっと40を超えたという自分の年齢だけではなく、時代の流れによる変化なのだろうとも思っていた。

そんな中、ある時にふっと過去エントリを整理しようという風に思い立ち、一つのテーマで読み直してみて、驚いた。

当時の記憶が、ないテーマと、鮮明に蘇ってくるテーマが、あるのだ。

そして、鮮明に蘇ってくるテーマは、当時の感情や思考の経路だけでなく、その状態を改めて俯瞰している自分を「いまここ」で感じることができたのだ。

これって凄いことだと思った。

常日頃から手帳術や日記の重要性は痛感していたし、今も紙面への没入作業(と言っていいのだろうと思うが)は、継続しているのだけど、それとは全く異なる感覚なのだ。

日記とは異なり、第三者に向けて意識的に自分の思考や感情を整理した文章が、その「整理のプロセス」までもイメージとして蘇ってくる、そんな感じ。

うまく伝わるだろうか。

そういう意味で、ブログと言うメディアは、まだ個人のツールとしての有用性を一定レベルで保ち得ていると改めて感じた。

今後、自分がエントリーを積極的に復活させるかどうかは、その有用性だけでなく、何か強い関心や内発的な動機の変化が必要なのかもしれないとも思うけれど、それでもなお、ブログへの「敬遠意識」が驚くほど低くなった瞬間だった。

 

これからの活用方法を考えるだけでも楽しいかもしれない。